学研現代新百科辞典(1965年10月1日初版)
アロー号事件
十九世紀中ごろ中国植民地化をめぐる、清国とイギリス・フランスとの戦争。第二次アヘン戦争ともいう。
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市場拡張を目ざすイギリスは阿片戦争の結果にも満足せず、北方に開港場を求めていたが、たまたまイギリス船アロー号の船員が、海賊の疑いで清国官憲にとらえられた事件(五十六)を理由に、フランスと結び武力攻撃を開始。
広州(広東)を占領(五十七)、天津にせまった。
清も一時、天津条約(ロシア・アメリカも参加)を結んで和した(五十九)が、批准をめぐって再び衝突、イギリス・フランス軍は北京・天津にせめ入った。
清もついに屈し、北京条約を結び(六〇)、
天津条約の確認、
外国使節の北京駐在、
天津など開港場の増加、
九竜半島のイギリスへの割譲、
あへん貿易の公認など、
大幅に譲歩した。
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最初の武力行使をした広東総領事パークスは明治維新後、日本にも駐在した。(安野省三)
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北京条約
中国、清朝が、首都北京で外国と結んだ十数種の条約の通称。
狭義には一八六〇のイギリス・フランス・ロシア三国との条約をさす。
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これは、アロー号事件処理の条約で、先の天津条約(一八五八)の批准、および追加条項の締結を行った。
天津条約の主な内容は、フランス・イギリス両国に、
①外交官の北京駐在権
②内地旅行・通商の自由
③両国に合計600万両(テール)の賠償金支払い
④揚子江航行権
⑤漢口・南京など10港の開港
⑥阿片輸入の公認
⑦キリスト教布教の自由
などであったが、北京条約ではさらに、
⑧天津の開港
⑨両国への賠償の追加支払い
⑩イギリスへの九竜半島の割譲・・1997年7月1日午前0時をもってイギリス領香港の他地域と共に、中華人民共和国へ返還された。
1960年代後半から1970年代にかけては鉄筋コンクリートのペンシルビルに建て変わったものの無計画な建設のために九龍城砦の街路は迷路と化した。
「九龍城には一回入ると出てこられない」といわれるゆえんはここにある。
また行政権が及ばなかったために売春や薬物売買、賭博、その他違法行為が行われ、中国語で「無法地帯」を意味する「三不管」の地域と呼ばれるようになる。
をなどを含む条項が加えられた。
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また、アロー号事件の調停に当たったロシアは、報酬として条約を強要、
ウスリー江以東の沿岸地の割譲、
新疆省カシュガルへの貿易地開設
を認められた。
858年のアイグン条約以後は清露両国の雑居地であった外満州(現在の沿海州)を、正式に譲る事になった。
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⑪清朝による自国民の海外移住禁止政策の撤廃と移民公認 (北京条約)
中国人労働者を劣悪な条件で移民させる苦力貿易を公認するものである。
この条項は労働者移民の公認と、それによる一定の移民保護を目的に入れられたとされる。
右側の薄い赤が外満洲:条約でロシア領と確定した部分。なお、ロシア帝国が設置した「沿海州」は「沿海地方」のほかオホーツク海沿岸全域に及んでいた。
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清朝に阿片輸入の公認をさせ、中国民を滅ぼすことが大英帝国、フランス、ロシアのお望みです。
国家の恥を13億に見せているのは、日本も同じです。
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昨夜、私はチャイナネットのコメントを、不正アクセスによるNTTとプロバイダー切断の為に投稿出来ませんでした。
桜チャンネル掲示板に:董雲虎「中国の人権について西側には誤解がある」の書き込みがあり、チャイナネットに私が書こうとしたコメントの記事:董雲虎「中国の人権について西側には誤解がある」が今日はなくなっていました。
無くなったことを知って、桜チャンネルの書き込みのその部分を消しています。
しかし検索には残っています。
桜チャンネル掲示板に書き込んでいる男女が、チャイナネットのコメントを書いているようです。
文章がよく似ていて、文章が書けないところもよく似ています。
夜中から明け方まで掲示板に書き込んでいます。
朝は5時6時に掲示板に書き込んでいます。
桜チャンネルは、右翼のサイトです。
多くの学者、国会議員、ジャーナリストが参加しています。
不正アクセスを行い、私の記事の改竄や、削除、盗用を行っているのは、桜チャンネルを中心とした右翼とやくざ、社民党、自民党、公明党、その他です。
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「博士の独り言」のコメント投稿がなくなり、「草莽崛起ーPRIDE OF JAPAN」のコメントも0が続いています。
おそらくチャイナネットのコメントもその内なくなるでしょう。
今日もこれから、「レナードとほろびたい」に投稿し、その後チャイナネットの記事を読んで、書きたい記事があったらコメントを書きます。
投稿を妨害されたら。「終わらせる・成田悦子」で公開していますから御覧下さい。
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自公政権と鳩山由紀夫政権は、右翼ややくざに生活保護を受けさせ、中傷コメントやブログの記事を一日中投稿させていました。
政党交付金その他など、国民の税金でコメントを書かせていたことも考えられます。
「民主党はそういうことにお金を回さない」と言ったようなことが新聞に載っていたことがあります。
その頃から、exciteの共同通信ニュースなどのコメントが減り、niftyのコメントもなくなりました。
私と殺された夫と自公政権によって殺された多くの方々が日本の政治とNETを変えました。
私を支えたのは、読者であり、中国であり、自公政権に殺された方々です。
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大英博物館の収蔵品には大英帝国時代の植民地から持ち込まれたものも多い。
イギリス人自身にも「泥棒博物館」や「強盗博物館」などとも揶揄される、とWikipediaに書いてあります。
阿片輸出を無理矢理公認させる国家ですから、泥棒したものを展示しても恥しくないのでしょう。
仮に現在買い取ったと言ってみたところで、初めはどういう風に中国の陶器が流れて行ったのか、誰にも分かりません。
大英博物館のホームページを見て下さい。
China=陶器の素晴らしいものがTOPに飾ってあります。
Chinese ceramics, by far the most advanced in the world, were made for the imperial court, the domestic market, or for export. Sir Percival David mostly collected objects of imperial quality or of traditional Chinese taste.
大英博物館から映像を持って来ました。
「ぶつ」は盗んでないから大丈夫だと思いますが、分かりません。
あまりにも素晴らしかったので、出来心で・・・
下の陶器の色合いは大好きです。
竜の表情が違っています。
これが盗品だと行っているわけではありません。
アヘン戦争からアロー号事件(1840ー1860年)まで20年間、戦争を仕掛けては賠償金を取るという方法で、清朝の力を弱体化し、阿片の蔓延によって国民の人権を奪い、安い労働力を得る為に移民をさせています。
中国の方々が、英仏領に多い理由が分かりました。
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遅くなりました。
又明日続きを書きます。
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今日、庭を綺麗にしている時泥棒に入って、お金と帽子を盗みました。
帽子は3つ目です。
市民劇場、労音で使うのでしょうか?
創価学会員や自民公明党員、社民党員が着ているものは盗んでいるものでしょうか?
福嶋瑞穂の高価な服は、窃盗の上がりですか?
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23:01 2010/10/22金曜日
Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳
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しかし3、4人を除いては、誰も大隊司令官によって直接推奨された者はいないだけでなく、隊或いは師団の隊員への攻撃をする間に自ら名を上げた、さもなければ誰もが新陸軍大隊か他の連隊に送られ、僕達は依然として叙勲されなかった。僕はたった3つの例外だけ思い起こせはする。表彰の通常の予備割り当て、僕達が引き受けた犠牲者をよぅ...
1 週間前