「我が国では高齢化の進展とともに、認知症の人が増加しています。65歳以上を対象にした令和4年度(2022年度)の調査の推計、認知症の人の割合は約12%、認知症の前段階と考えられている軽度認知障害の人の割合は約16%とされ、3人に1人が認知機能にかかわる症状がある。」
「」は政府の広報の記述です。3人に1人も認知障害者だとしたら、政府の中にも認知障害者がいる筈です。
日にちや曜日が言えないのは何故か?別に何時何をしなければならないという社会的義務から遠ざかった生活を私たちは年齢を重ねるとするようになるから。それだけです。家族の中に食事を作るのを独占したがる人がいると台所からも遠ざからざるを得ませんが遠ざかりたいわけではありません。多くはすることがなくなり、足腰も衰え、家の中で張り合いのない暮らしをしなければならなくなります。誰しも80歳ならまだしも、90になれば社会が私たちを必要としなくなります。実際は何もしたくないわけではありません。しかし90になれば私はもう誰にも必要とされていないんだと自覚し、そう思うと寂しい気持ちになります。生きたいという気持ちより、死にたいと積極的に死の方を向いてしまいます。その気持ちは誰にも救ってあげられないもので、そうして私たちは死ぬということの恐怖から遠ざかって行きます。
死を受け入れる準備段階にある人々を認知症と名付け、介護施設に幽閉します。 私は人を認知障害者と指定し、介護施設に強制的に入れることに反対です。強制はしていないと言って貴方がたは反論するでしょう。介護保険という単に医学部卒、医学部そのものの過剰な人材への救済目的の金の流れの創出に私は反対です。
認知すると言うが、認知に正誤はない。
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